大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和63年(う)1051号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人甲を懲役二年六月に、被告人乙を懲役二年一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中、被告人甲に対し一八〇日を、被告人乙に対し一六〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岸本達司作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りの主張(控訴趣意第一)について

論旨は、本件のように、暴行を加えた後に財物奪取の意思を生じた場合には、その犯意発生後において、改めて強盗の手段として相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行、脅迫が行われない限り強盗罪は成立しないと解すべきであり、本件において、財物奪取の意思を生じた後の被告人両名の暴行、脅迫は軽度であって、反抗を抑圧する程度に達していないから強盗罪は成立しないのに、原判決は、財物奪取の意思が発生した後に、改めて強盗の手段としての暴行、脅迫が行われなければ強盗罪は成立しないとの正当な解釈を示しながら、その暴行、脅迫の程度が相手方の反抗を抑圧するに足りるものであるかどうかは、自己の先行行為によって作出した相手方の畏怖状態を前提において判断されるべきであり、したがって、必ずしも通常の強盗罪における暴行、脅迫と同程度のものであることを要しないとして、本件について、財物奪取の意思発生後は、被告人甲が被害者Bの顔面を手拳で数回殴りつけたことが認められ、その殴打の程度は、強盗の手段として通常用いられる暴行に比して弱いものではあるが、その犯意発生前の暴行、脅迫によって生じた被害者Bの畏怖状態を前提にすると、これをもって相手方の反抗を抑圧するに足る暴行、脅迫に値する行為があったものと評価できると判示して、強盗罪の成立を認めたが、右は事実を誤認したか法令の解釈適用を誤ったもので、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで検討するのに、強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行、脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する犯罪であるから、その暴行、脅迫は財物奪取の目的をもってなされることが必要であると解される。従って財物奪取以外の目的で暴行、脅迫を加え相手方の反抗を抑圧した後に財物奪取の意思を生じ、これを実行に移した場合、強盗罪が成立するというためには、単に相手方の反抗抑圧状態に乗じて財物を奪取するだけでは足りず、強盗の手段としての暴行、脅迫がなされることが必要であるが、その程度は、強盗が反抗抑圧状態を招来し、これを利用して財物を奪取する犯罪であることに着目すれば、自己の先行行為によって作出した反抗抑圧状態を継続させるに足りる暴行、脅迫があれば十分であり、それ自体反抗抑圧状態を招来するに足りると客観的に認められる程度のものである必要はないものというべく、これと同旨の原判決の判断は正当である。

これを本件についてみるのに、原判決挙示の関係証拠によれば、〈1〉財物奪取の意思発生前に被告人らが相手方に加えた暴行、脅迫が相手方の反抗を抑圧するに足りるものであったことは明らかであり、〈2〉財物奪取の意思発生後においても被告人らは相手方の顔面を数回殴打し、その反抗抑圧状態を継続して原判示財物を奪取し、〈3〉当審における事実取調べの結果によれば、更に被告人らはその後も警察官が来るまで相手方の襟首を掴んでいたことが認められるので、本件につき強盗罪の成立することは明らかであり、原判決に事実誤認ないし法令適用の誤りはなく、諭旨は理由がない。

二  控訴趣意中量刑不当の主張(控訴趣意第二)について

諭旨は、原判決の各量刑は重きに失し不当であるからこれを破棄し、被告人らに対し刑の執行を猶予されたい、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、被告人両名が原判示第一の日時、同判示の場所を通行中、被害者AことB(当時一九歳)及びその連れのCことD(当時一四歳)とすれ違った際、Bの肩が被告人甲の肩に触れたことから、これに立腹した被告人甲が同人の顔面を手拳で殴打し、更に同人と殴り合うに至り、これを見た被告人乙も甲に加勢する意図で暴力団員を装い「事務所に電話してくる。」といい、被告人甲もその意図を察知し、被告人両名共謀の上、Bに対し被告人甲は「どこの組の者や。」「さっきはよくもやってくれたな。」などといって殴打、足蹴にし、被告人乙は鉄パイプで殴打するなど原判示の暴行を加え、被告人乙の暴行により同人に対し加療約二週間を要する原判示の傷害を負わせ、更に、右Bがもはやほとんど抵抗しない状態にあることに乗じ、強盗を共謀し、被告人甲において、被告人両名を暴力団員であると思い込み極度に畏怖してほとんど抵抗できない状態に陥っていた同人の顔面を手拳で数回殴打する暴行を加えてその反抗を抑圧し、被告人乙において右Bが前記Dにその場で一時持たせていた原判示財物を強取し、その際被告人甲の前記一連の暴行により右Bに対し加療約一か月間を要する原判示傷害を負わせたが、これらの傷害は被告人両名の前記強盗の犯意発生前後いずれの暴行によるものか明らかでないという強盗、傷害(被告人甲につき更に暴行)(原判示第一)及び被告人乙による原動機付自転車の無免許運転(原判示第二)の事犯であるところ、原判決が量刑の理由として、犯行の動機、経緯、態様、被害の程度、財物の使途、被害感情、前科前歴のほか犯行の偶発性、被害金品の還付状況、反省状況、不遇な生い立ち、家庭事情など所論指摘の被告人両名のため有利に斟酌すべき点にまで及んで説示するところは正当であり、酌量減軽のうえ被告人甲を懲役三年に、被告人乙を懲役三年四月に処した原判決の量刑はその時点で見る限り相当であって、これが重過ぎて不当であるとはいえず、論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、被告人両名の妻あるいは内妻において被害者に対し合計金五〇万円を支払って示談が成立し、被害感情も宥和していることが認められ、被告人両名に有利な前記事情と併せ総合考察するときは、現時点においても被告人両名に対し刑の執行を猶予するのが相当であるとは認め難いが、原判決の量刑をそのまま維持することは酷に失すると思料される。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当審において直ちに判決することとし、原判決が認定した事実にその掲げる法令をすべて適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 裁判官 吉田 昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例